【過去に作った印刷物を追加で発注 】印刷の「版代」はなぜ毎回かかるのか?

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使用済みの「版(はん)」を再利用して欲しい!

以前に印刷所で刷ってもらった印刷物。 後日、まったく同じデザインのまま追加発注(増刷)する場合、「前回の版を使えるから、版代の分は安くなるはず!」と期待しますよね。物理的にもできそうな気がします。

ところが、実際に見積もりを取ってみると、前回とほぼ同額の「版代(製版代)」がしっかり計上されている…。これは一体どういうことなのでしょうか?

印刷会社に直接「なぜ安くならないの?」とは、なんとなく聞きづらいものです。 そこで今回は印刷現場の事情について、その「なぜ?」にお答えします。

【オフセット印刷の基本】「刷版(さっぱん)」は再利用できない

オフセット印刷

結論から先にお伝えすると、 一般的なオフセット印刷で使われる「刷版」は、一度使ったら再利用しない(できない)のが基本です。

これは、刷版が丈夫な「ハンコ」というより、非常に繊細な「消耗品」だからです。

そもそも「刷版」とは?(CTPが主流の現在)

オフセット印刷では、まず印刷機に取り付ける「ハンコ」の原版にあたる「刷版」というアルミ製の板(プレート)を作成します。

昔はフィルムを介して版を作っていましたが、2025年現在は「CTP(Computer To Plate)」が主流。DTPソフトで作ったデジタルデータから、レーザーで直接アルミ版に焼き付けて(出力して)版を作ります。

この版にインクを付け、一度ゴム(ブランケット)に転写(Off)し、それを紙に印刷(Set)するのが「オフセット印刷」です。

「使い捨て」が基本の理由

このアルミ製の刷版は、非常に繊細にできています。

  1. 品質の維持が難しい
    一度印刷機にかけてインクや薬品(湿し水)に触れた版は、表面が酸化したり、微細な傷がついたりします。これを長期間保管して再利用すると、前回と同じ印刷品質(色の乗りや鮮明さ)を保証するのが極めて困難になります。

  2. 保管コストと手間の問題
    CMYKの4色カラー印刷なら、最低でも4枚の版が必要です。過去の印刷物すべての版を、品質を維持したまま保管するには、膨大なスペースと管理コストがかかります。

  3. データがあれば再出力が容易
    CTPが主流の今、必要なのは「版」そのものより「元データ」です。データさえあれば、必要な時に再度アルミ版に出力する方が、品質的にもコスト的にも(保管コストを考えれば)合理的です。

したがって、増刷のたびに見積もりに計上される「版代」とは、この「アルミ版(消耗品)」の材料費と、CTPでの「出力費」なのです。デザインデータが同じでも、印刷機を動かすたびにこの「版」は新たに必要になる、というわけです。

「オフセット印刷」と「オンデマンド印刷」の違い

「それなら、家庭用プリンターみたいに版代が毎回かからない方法はないの?」 そう思われるかもしれません。

まさにそのニーズに応えるのが「オンデマンド印刷」です。

では、従来の「オフセット印刷」と「オンデマンド印刷」は、具体的に何が違うのでしょうか。それぞれの特徴を対比してみましょう。

「オフセット印刷(版あり)」の場合

  • 仕組み
    DTPデータから「刷版(さっぱん)」というアルミ製の版を作成し、その版を使ってインクを転写して印刷します。

  • 版代
    印刷のたびに「版」を作成・出力するため、毎回「版代」がかかります。

  • 得意分野
    初期費用(版代)はかかりますが、一度に大量に刷るスピードとコストに優れています。1,000部を超えるような大ロット(大量印刷)向きです。

  • 品質
    高精細で安定した品質。写真や美術書などのクオリティが求められるものに強いです。

「オンデマンド印刷(版なし)」の場合

  • 仕組み
    DTPデータを直接印刷機に送り、「刷版」を作らずに印刷します。身近な例でいえば、コンビニのコピー機やレーザープリンターの超高性能版のようなイメージです。

  • 版代
    「版」そのものが不要なため、「版代」はかかりません。

  • 得意分野
    1部からでも必要な数だけすぐに印刷できます。名刺、チラシ、小冊子など、小ロット(少量多品種)の印刷向きです。

  • 品質
    近年非常に向上していますが、オフセット印刷の微細な表現力には一歩ゆづる場合があります。また、大量に刷ると1枚あたりの単価はオフセットより割高になります。

小ロットなら「オンデマンド印刷」・大ロットなら「オフセット印刷」

オンデマンド印刷(小ロット)とオフセット印刷(大ロット)

では、版代が毎回かかるオフセット印刷は損なのでしょうか? いえ、そんなことはありません。

オフセット印刷は、「大ロット(大量印刷)」という土俵でこそ真価を発揮します。 初期費用(版代や機械の調整費)はかかりますが、一度印刷機が回り始めれば、圧倒的なスピードと低コストで大量生産できるのです。

  • 品質
    高精細で安定した品質。

  • スピード
    大量印刷時のスピードが速い。

  • コスト
    大ロット(例:1,000部以上)になれば、1枚あたりの単価はオンデマンドより格段に安くなる。

つまり、小ロットなら「オンデマンド」、大ロットなら「オフセット」と、印刷会社は発注内容に応じて最適な方法を選んで提案してくれているのです。

印刷現場の「ヤレ」と職人の技術(余談)

ここからは、「シールの印刷」のコストに関する余談になります。

シール印刷

オフセット印刷機は印刷スタート時に色や位置を正確に合わせるための「試し刷り」を行います。この調整段階でロスになる紙を「ヤレ(損紙/そんし」と呼びます。

特に小ロットの注文(例:500枚だけ欲しい)の場合、色の調子が出るまでに100枚以上のヤレが出てしまうことも珍しくありません。印刷機は大型でパワフルなため、 以前、ある印刷会社で小ロットのシール印刷を発注した際、「ロール紙の半分近くが無駄になった」と伺ったことがあります。

どのような仕事でも同じですが、印刷会社としても長年のお得意様との関係性で、採算ギリギリ…あるいは利益度外視で受ける案件もあるそうです。

私たちが当たり前のように手にしている美しい印刷物は、こうした印刷現場の「仕組み」と、「ヤレ」を最小限に抑えて素早く色を合わせる「職人の技術」に支えられています。

すなわち、増刷の際にかかる「版代」も、美しい印刷品質を維持するための必要なコストだった、という話でした。

 

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